若尾儀武

 若尾儀武詩集『流れもせんで 在るだけの川』(2014ふらんす堂)より

 

    序詩

           

 

むこうで根を断たれ

こちらで宙に浮く

生傷の絶えない時刻は

切れぎれて

垂れる血のみ

流れつづけている

 

六十年あまりの天蓋の

どこを吹いていたのだろう

ものを熟して

落下する

時刻は

そして

落ちたところが

「ここ」という

ここは

 

在るのか

無いのか

 

黙する

蒼を増す空の一点

雪片か

花片か

しるしのように

舞い落ちる

 

「帰る」とも

「帰らない」ともいわずに

あなたは帰る

 

 

 

 若尾儀武詩集『戦禍の際で、パンを焼く』(2023書肆子午線)より

 

 

国境がじりじりと動く

 

銃口が幼子にも向けられている

幼子はそれが何なのか

正体を探ろうと

銃身を口にしようとしている

 

一体何に照準を合わせているのだ

トクトクと脈打つ鼓動

怯えを知らぬ眼差し

 

まずは合わせた照準を外せ

そして今一度

胸一杯の息を吸い

吐く息でゆっくりと幼子の眼差しを辿れ

 

見えないか

一面のヒマワリ畑

ミツバチが花を巡って

互いの名を呼ぶように

羽音をたてているのが

 

 

      2

 

大きめのマグカップ

一杯の水を飲む

ここ数日前から

ぽとん ぽとんと蛇口の水漏れがはじまった

 

どうして水漏れがはじまったのか

どうしてそれを起きがけに飲むようになったのか

自分にまつわることなのに確とは分からない

 

君が伏す大地に

ひたひたと雪解け水が滲みはじめた

 

君はまだ生きているだろうか

わたしは今朝も君を想って

大きめのマグカップ一杯の水を飲む

 

 

      3

 

鉛色した雲が空一面を覆っている

風はない

鳥が数羽

鳴き声もたてずに

雑木林を目掛けて錐のように飛んでいく

 

ここは何処か

眼前でありながら

堰を切ってなだれ込む違和がある

 

匍匐で進む青年

迷彩

野戦銃

照準

 

わたしは小さな公園のベンチに腰かけている

 

そして十字に交叉する枝の交点に世界がとまっているのをみる