田尻英秋

 田尻英秋詩集『機会詩』(2005竹林館)より

 

    機会詩(一)

 

 

久し振りに暖かい早春のある日

空は澄み渡っていた

林道から谷を挟んだ向かいの山に

十町歩余りだろうか、の

地拵をしたばかりの斜面があり

人夫たちは散らばってスギの植え付けをしていた

切り開いたばかりなので周りの林より緑は濃いが

ところどころに残る灌木の照り返しが

茶色い地面とコントラストをなし

斜面全体がモザイク状に光っていた

人夫達は正面から見る限り

モザイクのなかに溶け込んでいたが

ふと横に廻り込むと

スカイラインから青空に打ち込まれる

楔となり

天と地を繋ぎとめていた

 

 

 

 

 田尻英秋詩集『こよりの星(2019書肆子午線)より

 

    柏尾川

 

電車の窓際に立ってどこか遠い国を夢想している

ここではない どこか遠い国を

私はここに居る ここに居ない

それともあちらに居る

彼の国では何もかも祝福されている

きっとそうだろう 掌が汗ばんできたから

戸塚駅に停車すると

ホームの一部が橋の上に差し掛かっていた

川が流れているところでは

いつも裏返された街の光景が映っている

そこから湧き出てくる逆さまの兄弟たちよ

もう少しで川の曲がったところから先を見通せそうなのに

柏尾川の上空に すっと一すじの

鮮血が引かれた

毎朝同じ格好をして

同じ帽子を被った女の子

首からカードをぶら下げた女の子は

列車が停車する間にホームと車内を行き来して

写真を撮っている

参考書を広げている生徒たち

スマートフォンを弄る生徒たち

おしゃべりする生徒たち

皆 制服の上から甘い樹液の香りを放っている

薄い胸板 痛々しく 危なげな橋

いつ墜ちるか分からない若い肉体を大事そうにくるんでいる

孤立した魂を掌のカサカサした部分になすりつけ

今日もゲームに興じる白い子供たちは

野辺送りの淡い光景のなかに溶け込んでいる

車内を満たすオイルのなかで皆枯れない花になってゆく

魂の所在は知らない

国の所在はもっと知らない

いつまでも漂っていればいいのだから

私の生のこわばりをどこに置けばいいのか

溶けずに沈んでいく濁った部分に問いかけると

雨上がりの空を大きなサギが叫びながら横切って

空が割れていった

そこから大きな兄の瞳がたくさん

覗かれる