柴田秀子

柴田秀子詩集『角巻』(2002花神社)より

 

    角巻の女

                                   雪囲いの中から

女のひとが突然現われると

紫の角巻を蝶の羽のようにひらき

くるまれるとそのひとは

蝋燭の焔の形になった

白い衿を合せ直す

火照っている頬が美しかった

雪下駄を爪先立てて

転ぶように角を曲がって行った

雪囲いの簀の陰から

鳥打ち帽子の男のひとが現われ

左右を(にら)まえると

同じ方向へ去った

 

 

 

柴田秀子詩集『遠くへ行くものになる』(2020響文社)より

  

   白い衣のモニュメント

 

小高い山の反対側に 海を感じる

そのまま そうっと

海の匂いを運びながら 山裾をめぐる

帽子のつばをずらせば

いきなり目に入る造形

それは

白いロングドレスの女人とおもえ

晩夏の斜光が

背とおぼしきところを ゆるく走る

腕かとみえる形は やわらかく 細く

いつまでも

留めおくことはできない と

胸をなにげなく 抑えている

巨大な白いクレーンが語る裡

「核兵器廃絶」の文字盤が並ぶ

静まり返る海面に

強い力を落し込んでいるかのように

たった今 青空に届いたこの腕で

ひと掃きの鰯雲をこさえましたよ

この方の名を ようこヨコスカ

地元の人は 親しく呼んだ

視界は丸々の海 浦賀水道

近くは 海水が走る 走水の海

古代に

東征のヤマトタケルがやって来た

対岸の房総半島に渡るときも

海は荒れ

海神を鎮めようと

オトタチバナヒメは

白い衣のまま 入水したという

カヤの焼き打ちにあえば

叔母に持たされた 火打石をつかい

カヤは燃え 東の国が燃え

 

説話がすくっと立ち上がったが

現代の複雑な筒の中から見たならば

貼り付けた母性は ほぼ

 

ハタハタと風に捲れてしまうだろうと