野木京子

 野木京子詩集『銀の惑星その水棲者たち』(1995矢立出版)より

 

    喉をくだる

           

  

夜の奥で目覚めると

部屋にうっすら水の膜が張り

畳のうわべも静かな沼であった

渦の、波の撥ねる音

魚の背びれ

わたしの岸辺を

生まれたての柔らかな蛇

月明かりが喉をくだる

 

沈んでゆき、崩れて、

脳奥から小さなたくさんの魚が泳ぎ、出て

銀の粉を流す指先

水の中で時間は四方に溶けて

魚たちは記憶の

岩石の隙間に入る

 

水の逃げ道、開かれた喉

夜の奥はいつでもなにかが始まり

周りを、月の子供たち

細く泳ぎあがり

わたしの中の生き物とわたし

還ってゆく、水面下

ふるさとへの出口

 

 

野木京子詩集『枝と砂』(2000思潮社)より

 

  土の粒子、すり抜けるように

           

  

どの土地も

風がすこし違っていて

ただわたしが

透き通る茎のようになると

風のなかに棲むほそい小さな、たくさんの

あふれるように声がおりてくるので

わたしもわたしを指先から砕いて、散らす

天空が幾層にも包む

空のうすいほころび目、わたしのいるところがいつも

不思議なかくれ場所になりますように

 

土が呼吸して、風が出たり入ったり

風も呼吸して、たくさんの人があらわれ消え

息を繰り返す

奇妙な移動や長かった旅

幾筋、流れの光

粉が溶けあって進む

わたしのかたわら、車中であっても路上でも

音のない、時が佇む姿の柔らかな

 

小さな箱が壊れて沈む

火の丘の地面の下