冨岡悦子詩集『ベルリン詩篇』(2016思潮社)より
廃駅アンハルターから
廃駅は空爆の角度のまま
ファサードだけを残している
灰色のセーターを着た男たちが
駅の廃墟に彫刻を搬入していた
黒板には
五色のチョークで
作品展示図が描かれていた
モミの木の模型には
ベルトルト・ブレヒトの言葉がぶら下がっている
なんという時代だろう
木々についての対話が犯罪に近いとは
風にそよぐ木を讃える隙に
武器搬送の線路は先へ延びている
廃駅アンハルターに
春の霙が降る
土に触れて溶ける
頬に触れて水滴になる
男たちは無言で
鉄の塊を組み立てていた
赤さびた線路際に生えた
丈高い榛の木が
尾状花序の花を揺らしている
金属のこすれる音がする
男たちの仕事は
まだ完成していない
*ベルトルト・ブレヒト(一八九八年~一九五六年)の長編詩「後から生まれてきたものたちへ」の一節「なんという時代だろう/木々についての対話が犯罪に近いとは/それがこんなに多くの不正への沈黙を含むからといって」からの引用。ブレヒトは一九三三年ナチ政権成立直後ドイツからの亡命を決断し、ヨーロッパ各地に居場所を求めて転々とした。この長編詩は一九三九年に亡命地で書かれた。ベルリンのアンハルター駅は第二次世界大戦で空爆されるまで、この都市の中央駅の役割を果たしていた。